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短編小説『セクハラ・ポリスの栄光と挫折』 - セクハラ警察
2025/04/29 (Tue) 01:26:38
>## 短編小説『セクハラ・ポリスの栄光と挫折』
私はドラネオス・ウーマン。
日照り続きの大干魃(drought)と、獲物を絡め取る蜘蛛の巣(araneose)。
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その二つの力を体現する『正義の味方 セクハラ・ポリス』として、長らくこの世界で辣腕を振るってきた。
虐げられし弱き女性を助け、鼻の下を伸ばして言い寄る強き男たちを蜘蛛の巣で絡め取り、干魃のように干からびさせてきたのだ。
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ベルリンの壁が崩壊し、西側先進国に旧共産圏からの移民の波が押し寄せたあの時から、私の戦いは始まったと言えるだろう。
共産党や社会党、民主党、労働党といった左派政党に洗脳された彼らは、新天地での政治的地位向上を目論み、『男女共同参画』や『男女の形式的平等』といったプロパガンダを声高に叫んだ。
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極貧生活から逃れようとやってきた彼らも、集団就職で東北の寒村から京浜工業地帯に流れ込んだ少年少女たちも同じだった。
男たちと肩を並べて働くことこそが、最も尊い女の生き方だと、私たちは固く信じて疑わなかったのだ。
「西側のブルジョア大企業は、私たちの労働を搾取するから気をつけねば…男女平等の時代だがら、専業主婦になんど甘んじでねえで、男等と肩を並べで工場で頑張らねば…働がざる者、食うべがらずだべ…」
そう言ってカンパを集めにやってくる共産党や社会党の明るい御兄さんたちの言葉は、私たち移民や集団就職組の心に深く染み渡った。
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一方、西側のぬるま湯に浸かった反革命ブルジョアの女たちは、エリート社員を捕まえて結婚し、裕福な専業主婦、すなわち『お嫁さん』になるのが幼い頃からの夢だったという。
甘ったれたことを!
男女平等の時代に、一方的に女性の性を食い物にする男たちを、私は断じて許さない。
その一念で、鼻の下を伸ばして言い寄る男たちを片っ端から蹴散らし、私は経理のベテランとして副社長にも一目置かれる実力者となったのだ。
そして、男たちの慰み者になるか弱い女たちのために、『セクハラ・ポリス』として今日まで先頭に立って戦ってきたのだ。
私たち『セクハラ・ポリス』は、貧しい移民として雪崩れ込んだ西側先進国で、はたまた集団就職によって流れ込んだ京浜工業地帯で、助けを必要とする女たちのために、時効も犯罪構成要件も叩き壊して西側先進国に君臨して我が世の春を謳歌してきた。
過去のセクハラ事件を掘り起こし、些細な言動を針小棒大に騒ぎ立て、泣き寝入りしてきた女たちの代わりに、強欲な男たちを糾弾してきたのだ。
その結果、多くの男たちが社会的地位を失い、失意のうちに去っていった。
女たちは私たちを救世主のように崇め奉り、私たちは正義の鉄槌を下す快感に酔いしれた。
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ところが、である。最近どうも様子がおかしい。
行く先々で、まるで蜘蛛の巣に自ら飛び込んでくる獲物のように、男たちが待ち構えているような気配を感じるのだ。
そして、これまでのように一方的に男たちを追い詰めることができず、逆に返り討ちに遭うことが多くなった。
先々週、田舎の姪にせがまれ、付き添ったパンク・ロック・フェスでのことだ。
けたたましいギターの音と、観客たちの異様な熱気に当てられた私は、早々に疲弊していた。
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すると、信じられない光景が私の目に飛び込んできた。
男たちが、若い女性を頭上で“手渡しリレー”を始めたではないか! 露出度の高い服を着た女性の身体が、男たちの汗臭い手に次々と渡されていく。
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これは明らかなセクハラだ!
私は持参したホイッスルを吹き鳴らし、「セクハラです! 手を離しなさい! 女性を地面に下ろして解放なさい!」と叫んだが、野獣のような男たちの雄叫びに掻き消されてしまった。
短編小説『セクハラ・ポリスの栄光と挫折』 - セクハラ警察
2025/04/29 (Tue) 01:33:40
言って聞かないなら実力行使するまで…と、私は京浜安保共闘で鍛えた腕力に物を言わせて、男たちの群れの中へ飛び込んで行った。
すると、なんと逆に男たちに担ぎ上げられ、あれよあれよという間に私の身体はステージの方へ軽々と“手渡しリレー”されてしまった。
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私の悲鳴は、爆音にかき消される。
そして地面に下ろされたと思ったら、今度は男たちの“押しくら饅頭”の中で、私の身体は右の若い男から左の若い男へと、まるで盥回しのように泳がされた。
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若い男たちの熱気と汗の臭いが、否応なしに私の鼻腔を刺激する。
後から姪に聞いた話では、“押しくら饅頭”のことをモッシュ、“手渡しリレー”のことをクラウド・サーフィンと言うらしい。
とんでもないセクハラだ! しかし、『セクハラ・ポリス』の私としたことが、為す術もなく、寧ろ若い男たちの頭上で次から次へと手渡され、若い男たちの咽せるような汗の臭いを嗅いで、私は何だかムラムラしてしまったのである。
集団就職で京浜工業地帯に勤め始めて早30年。『男日照り蜘蛛の巣女』の私が、初めて経験する若い男の汗と肌の感触だった。
パンク・ロック・フェスって一体なんだろう? 性の解放区なのか?
若い男の汗と肌の感触にムラムラしたあの時以来、『セクハラ・ポリス』を続ける資格があるのかと、私は自信を失いかけている。
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短編小説『セクハラ・ポリスの栄光と挫折』 - セクハラ警察
2025/04/29 (Tue) 01:39:27
また先週のこと。会社からの帰り道、私の目の前で若い男が、前を歩く女性の肩に腕を回し、素早い動きでハグするのを目撃した。
男女平等の世の中で、断りもなく公然と女性の身体に触れるとは何事か!
私が目を丸くして見ていると、女性が男の目を見詰めたかと思った次の瞬間、あれよあれよという間に男に連れられ、薄暗い路地に入って行ってしまった。
《か弱い女性を性の捌け口、物としてしか扱わない傲慢な男を発見! セクハラ・ポリスいざ出動!》
私は二人の後を付けて路地に踏み込んだ。
何と、ディープ・キスをしているではないか!
薄暗い路地裏で、若い男女が互いの唇を貪り合っている。
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これは明らかに女性に対する性的搾取だ! 反射的に、私は怒声を浴びせた。
「そこの男の人! 今、女性の同意を取り付けずに路地に連れ込みましたね。 私が しっかりと目撃しました。 2017年改正刑法で猥褻罪は非親告罪になりましたから彼女の代わりに私が警察に通報しても良いのですよ。 また、同意なしに猥褻行為に及べば2023年改正刑法176条により不同意猥褻罪が成立します。女性を解放しなさい!」
「……」
若い男女二人はポカンと口を開けた侭、こちらを見詰めている。
「聞こえませんか? 彼女を解放して上げなさい!」
「はあ? アンタ誰? 薮から棒に何? 私を尾行してたの? オバサンは私服警官? 不同意猥褻?」
若い女性は、訝しげな表情で私に詰め寄った。
「私服警官ではありません。この先にある会社のコンプライアンス室でセクハラを担当している者です」
若い女性は首を傾げて黙りこくる男性を睨みつける。
「一体なんなの? あなた、このオバサンとグルなの? 最低!」と言うが早く、女性は私を思いっ切り突き飛ばして表通りへと出て行ってしまった。
短編小説『セクハラ・ポリスの栄光と挫折』 - セクハラ警察
2025/04/29 (Tue) 01:43:22
私は蹌踉(よろ)めき、その場で尻餅をついた。
「痛たたた!」
若い男性が、「大丈夫か? 自分で立てるか? 俺は関係ねえからな。不同意猥褻で俺を交番に突き出すのか?」と早口で私に尋ねて来た。「良いから手を貸して。御願い!」私は若い男性の方に手を伸ばした。
「ここで手を貸してアンタを抱き起こすと、また『身体に触れた! セクハラだ!』とか言って、その挙げ句に不同意猥褻だと騒ぐんだろ? 分かってんだから」
若い男性は一旦、私の方に伸ばし掛けた右手を引っ込めて、立ち去ろうとする。
「因みに、さっきのキスは彼女の方からだった。良いか、オバサン? さっきのを不同意猥褻と言うなら、彼女を告発すべきだぞ。
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俺を犯罪者呼ばわりしたオバサンを助けても、なんか別の罪を被されそうだからな。 悪いが俺は、この侭立ち去るぜ」
そう言い残して、若い男性も行ってしまった。
路地の奥に一人残された私は、途方に暮れ涙を流した。
夫も恋人も子供も、そして友達もいない私は、震える手でスマホを取り出し、同郷の京浜安保共闘の仲間に電話した。
「どうした? すぐ行く」
幸い近所に住んでいた彼女の息子さんが、自転車で駆け付けてくれた。
「立てますか? 実はウチの母もね。先月、バスで痴漢を捕まえようとしたらナイフを振り回されて、その拍子に転倒して腕を骨折しちゃったんです。ホントやんなっちゃう。
“被害者”の女の人は次のバス停で降りて何処かへ行っちゃって、警察も連絡が取れないんですって。
だから痴漢かどうかも分からないし… “加害者”が振り回したのもナイフじゃなくて髪を梳かす櫛だったみたいで… 目撃証言してくれる人もいないので、ウチの母の自損事故のような扱いですね」
それから彼のかかりつけクリニックで診察して貰うことに。レントゲン撮影の結果、大腿骨の骨折で全治4箇月と診断され、私は入院することになった。会社には、知人宅に立ち寄った帰り道に転んだと報告した。
因みに、京浜安保共闘の同郷の仲間の件は、“被害者”とされる女性が自ら積極的に腰を動かして喘ぎ声を発していたという目撃証言が寄せられた後、警察が漸く見つけ出した“被害者”本人も、積極的に腰を動かしたのは自分の方だと認めたので、猥褻罪での立件は見送られた。
女性を“被害者”と決め付けた京浜安保共闘の同郷の仲間も私も、今回の骨折は、もしかしたら神様による裁きだったのかもしれないと、深く反省する良い機会となった。
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長年『セクハラ・ポリス』として、一方的な正義を振りかざしてきた私にとって、今回の挫折はあまりにも痛く、そして重いものだった。私の栄光は、脆くも崩れ去ろうとしているのかもしれない。